
2018年9月28日。パリのアンヴァリッドで行われたショーによって、それまでのトレンドであったストリートファッションに終止符が打たれました。

2019ssのパリファッションウィーク。話題は「CELINE」「CELINE」「CELINE」。Saint Laurentを退任して約2年が経ったHedi Slimaneが、CELINEというブランドを背負ってまたパリに戻ってきたのです。
CELINEとは。
CELINE、というと、女性の憧れのブランド、そういうイメージをお持ちの方は、恐らく前任デザイナー、Pheobe PhiloによるCÉLINEのことを仰っているのだと思います。Pheobe Philoは、Hedi就任前、10年間セリーヌのデザイナーを務め、同ブランドの地位を確立しました。


大人の女性のための、緩やかなシルエットと、美しいカラーリング。長年、トレンドとは別の、独自の人気を誇っていました。
そして、2019ssより彼女に替わりデザイナーに就任したのは、Hedi Slimane。彼女のクリエーションを継続するのか、それともHedi得意の「ロック」スタイルを全開にするのか。全世界の注目がCELINEに集まりました。

Hediはセリーヌ就任後、イメージ刷新のため、ロゴを変更、店舗もリニューアルしました。


CELINE by Hedi Slimane 01 2019ss show
満を持してその姿を現す、Hedi SlimaneによるCELINE。
会場には、世界中の著名人が集まりました。

レディ・ガガ(左)と故カール・ラガーフェルド

Hediお得意の、ロックスターのコンサートのようなギラギラと輝くセットから、ファーストルックが現れました。

このままルックを見ていきたい所なのですが、その前に、このショーに使われた曲についてお話しようと思います。これがまた、このショーを紐解いていく鍵となるのです。
La Femmeによるショーミュージック「Runway」

ショーで流れたのは、フランスのバンド、La Femmeがこのショーのために制作した曲、「Runway」。

La Femmeは2010年から活動している、フランスのサイケパンクロックバンド。彼らが影響を受けたのは、フレンチイエと、フレンチコールドウェイブ、すなわち、フレンチロックそのものなのです。
フレンチイエは、ビートルズの影響を受けた1960年代初期のフランスのロックミュージック。かの有名なシャンソン歌手・セルジュゲンズブールも、フレンチイエの影響を受けているそうです。
フレンチコールドウェイブとは、1970年代後半の、シンセサイザーが用いられたテクノ系ロックミュージック。代表的な歌手としては、Ruth、Jacnoなどが挙げられます。どこかで聞き覚えのある名前ではないでしょうか?
Hedi Slimaneは若い頃、パリのナイトクラブで実際にフレンチコールドウェイブを聞いていた、すなわち、フランスにおけるロックミュージックの全盛期を身をもって経験していたのです。
しかしその後、フランスのロックミュージックは衰退し、Hedi Slimaneの関心はドイツ・ベルリンや、イギリス・ロンドンに向けられたのでした。

そこに、救世主のように現れたのが、La Femme。フランスのロックミュージックを取り入れ、現代風にアレンジした彼らの曲やスタイルは、Hediの心を射止めたのでした。
ちなみに、この、Runwayの中で歌っているのは、ボーカルと、正式メンバーでは無いものの、ツアー等に同行し、ステージでダンスやコーラスをする、モデルのGrace Hartzel。彼女はCELINEのランウェイにも登場しています。



さて、話は戻って、フランスロックの超新星、La Femmeの登場により、Hediの関心はパリに寄せられ、2019ssではそのインスピレーションを形にしました。
“Paris la Nuit”
ショーのテーマは、”Paris la Nuit”(フランス語で、パリの夜という意味)。パリのクラブに通い詰める若者、それはHediが若い頃に体験したそのものでした。

彼らは、黒く細身のスーツを着て、ネクタイを締め、足元はトゥの尖った革靴を履いていたのでした。

ジャケットの代わりに、ライダースやレザージャケットを着ることも。もちろん本当の若者は、これらを古着屋や、父親のクローゼットから手に入れて来たのでしょう。

サングラスも、黒く四角いレクタングルのもので、ダークなムードを演出。
パリの夜で踊りあかす若者が、インスピレーションとしたもの。
Hediが今季のインスピレーションにした、パリの夜。そこで遊びふけていた若者は、何に憧れていたのでしょうか。
Bob Dylan

まずなんと言っても、この人でしょう。Bob Dylan。黒いレクタングルのサングラスに、黒く細身のスーツ、足元はヒールブーツで、シャツはドット柄。

アメリカの伝説的なミュージシャンは、フランスの若者をも虜にしたのでした。


“We Are Mods!!”

“Mods”とは、1960年代前半にイギリスで流行した若者のカルチャー。彼らは細身の、3つボタンスーツとイカしたサングラスを好み、その上からモッズコートを着てスクーターで街を爆走していたのでした。

Modsを題材にした映画「さらば青春の光」の主人公は、Vゾーンが浅い3つボタンの細身のスーツに、モッズコートを着ていました。


元祖ヤクザ・Teddy Boy

そして、HediがSaint Laurent時代からインスピレーションとしている、テディボーイ。1950年代初期にロンドンで流行した、エドワード7世をリスペクトしたスタイルです。

彼らの特徴は、腰元にプリーツの入ったパンツ、ボリュームのあるクリーパーシューズなど。クリーパーに関しては、Saint Laurent時代や、CELINE2019awで多く見られましたね。

今期を代表するアイテムのひとつ、ツープリーツのスラックスパンツ。「ニューウェーブ」と名付けられたこのパンツは、フレンチコールドウェーブが由来ではありますが、その原点はテディボーイのスタイルにあるのではないでしょうか。

ルックの考察
さて、これらの予備知識を入れた上で、改めてルックを見てみましょう。



アンクル丈にし、靴の存在感を際立てています。

筋肉や贅肉のついた大人とは違くありたい、というロックの精神が見えます。

ショーに登場した靴は全てが革靴・またはブーツで、Saint Laurent時代とは全く異なった、細身の、トゥの尖ったシルエット。この形は”Jacno”と名付けられました。そう、あのJacnoです。
シューズの名前にもなった、”Jacno”とは。

Jacnoは、1979年にソロシングル「RECTANGLE」でデビュー、1980年代にはフランスを代表するアーティストとなり、「フランスのエレクトロ・ポップの創始者」とも呼ばれるようになりました。
1980年代となると、1968年生まれのHediにとっては20代。そんな彼にとって、Jacnoは憧れのミュージシャンの1人だったのでしょう。

そのJacnoをリスペクトし、名づけられたJacnoシューズは、今もCELINEの定番として店頭に並んでいます。
Hedi SlimaneによるCELINE。評価は?
さて、注目が集められたファーストシーズンでしたが、その評価はどうだったのでしょうか。
端的に言うと、批判殺到でした。
Pheobeが作り上げてきたCELINEの欠片もなく、当時トレンドを席巻していたストリートファッションの要素もない。特にレディースに関しては、もはやファッションではない、と酷い言われ様でした。

レディースは、基本的に全てナイトドレスのようなプレタポルテに、足元はこのブーツ。街中では着られないようなデザインだったのです。

一方メンズは、Hediファンの心を捉え、そこそこの駆け出しでした。

全てがテーラードスタイルで染められた彼のショー。直接な評価はあまり高くなかったものの、実はその影響は絶大なものでした。
このショーを境に、世界のトレンドはかつてのストリートファッションから、テーラードを軸とするドレスアップスタイルに移行しました。


かつて、2018年頃までは、BALENCIAGAを筆頭にダッドスニーカーブームが世界中に広がっていました。ボテっとしたスニーカーに、ワイドシルエットのパンツ。オーバーサイズでロゴの書いてあるシャツやスウェットがメインストリームでした。

世も末だと思ったものです。
しかし、CELINEのショーがあった2018年の後半頃から、どうでしょう、トレンドのメインストリームに登りつめたのは、この靴じゃないでしょうか。

マルジェラの足袋ブーツ。特にヒール付きのブーツが、メンズの足元に多く見られるようになりました。
確かに形はフォーマルではないものの、このブーツに合わせるのは細身やストレートのスラックスや、テーラードジャケット、かなりトレンドはドレスアップに寄っていったのです。

レディースも然りです。特に、この後のCELINE 2019aw・2020ssは世界中のトレンドを席巻しました。

このルックによって、キュロットスカートとロングブーツは大きなトレンドとなりました。

このルックによってデニム×ブレザーが大ブームに。今季のバーニーズニューヨークのお偉い方も、1番人気はその組み合わせだと、あるインタビューで答えておりました。

CELINE 01。Hediのファーストコレクション。
それ自体の評価や影響力は、直接的にはあまり目立つものではありませんでしたが、目に見えない所では絶大な影響力を誇っていました。

余談ですが、僕はこのショーを見てファッションの世界観が変わりました。私服として着るスーツがこれだけかっこいいのかと、衝撃を受けたのです。

それ以来、僕の着るものといえば、テーラードジャケット、ドレスシャツ、テーラードパンツか黒スキニーパンツ、そしてブーツかバックルシューズ。サングラスはレイバンのウェイファーラーと、CELINE 01は僕のスタイルを決定づけたのです。

確かに、好き嫌いが分かれるシーズンだったことは間違いありません。
しかし、そこには廃れることの無い、ロックミュージックの歴史と伝統を取り入れた、永遠のスタイルがあったのです。

貴方はこのシーズン、どう思いましたか?
次、9~10月に控えるショーでは、彼がCELINEに就任してから3回目の春夏シーズンを迎えます。テーラードで来るのか。崩してくるのか。今から楽しみですね。
そして何より、無事にショーが行われることを祈っております。

ありがとうございました。次回はCELINE 2019awについて執筆しようと思っておりますので、そちらもご覧頂けると嬉しく思います。